薄暗い中とはいえ、まったく見えないわけじゃない。慌てて両手で胸を隠す。けれどすぐに強すぎない力で開かれ、押さえつけられてしまった。 覆いかぶさってきた藤井くんと、正面から目が合う。恥ずかしくて目をそらした視界の隅で、藤井くんが照れたような笑顔を浮かべた。 「同じ匂いがする。でも違う。変だよな」 なぞかけか問答みたいなことを言う。確かに、フローラルな香りのする石鹸を使ったけど…。意表を突かれて瞬きをした私の目の端っこに映るのは、なんだかちょっぴり嬉しそうな顔。 …何今の。純朴少年のちょっと微笑ましい小話みたいなの。なんか反則っぽくないですか? 呆れて、思わず少し笑ってしまう。 躊躇いがすべて消えたわけじゃない。けれど今、どうしてか、藤井くんに思いきり抱きつきたいと思ってしまった。 でもそこまで踏ん切りもつかなくて、手を握る。藤井くんは、額にキスして髪の毛を撫でてくれた。 硬くて大きな手だなと、今になって改めて思う。あぁ、昔はバスケっ子だったんだっけと関係ないことを思い出した。 幾度か髪に口付けて、やがて唇を重ねてくる。 …やっぱり。やっぱり、心が揺らぐ。いきなり脱力させられて笑ってしまうのに、自分でもよくわからないまま…目が潤んできてしまう。 騙し絵の階段を彷徨っているような錯覚に陥ってくる。ただでさえ道に迷いやすいのに。 「…嫌なのか?」 何度聞かれたことだろう。強引この上ないくせに、少しの反応も見逃さずにその都度意思を確かめてくる。私は、ゆっくりと首を振った。 「違う…」 「じゃあ、なんで泣くんだ?」 頬を支えるように緩く手を添えて、顔を近づけてくる。だけど、とてもじゃないけどまともに見返せないよ。何年もの間、そしてつい数時間前まで、ずっと普通の関係だったんだから。 つい逃げて目を伏せてしまったけど、こんな時だからなのか何かの間違いなのか、静かな口調を崩さない藤井くんの目が不思議とやさしく見えたような気がした。こういうのを、なんとかマジックというんだろうか。 私は再び首を振る。 「泣いてない。…わかんないんだもん。やっぱりいつもとは違うし…怖いというよりなんか安心したいと思ったりもして、だけど、ただやさしくしてくれる身近な人に縋って確認したいだけなんじゃないかとか…もう、もう何が言いたいのかもわからなくなってるし」 内容も日本語も滅茶苦茶だ。本当に、訳がわからないことを言っている。ここまできてまだこんなことを言って呆れられるかなと思っていたら、そうでもないみたいだった。 短い答えが返ってくる。 「大丈夫だよ」 そして、何がと言い返そうとした口を封じるようにまた口付けられる。ついばむように、包み込むように。角度を変えて、何度も。つ、と首筋を指先でたどられ、怯んだ瞬間に舌が進入してきた。 口内を探られ、くすぐるように撫でられるとぞくりとして身体が震えた。藤井くんはとっさに体をひねる私の頭と手を固定して、さらに深いキスを求めてくる。 自由な方の手を上げて彼の腕に触れてみたけど、どうしたいのか自分でもよくわからなかった。 「…ん…」 堪らず声を漏らすと、舌を絡めてくる。反射的に逃げる私を追いかけて、擦り合わせ、絡め、強く吸う。そうしている間にも、手は頭から頬、頬から首筋へ、鎖骨へと這っていき、身体の輪郭をなぞるようにして次第に下に降りてきた。 「んんっ、…っん」 頭の奥がぼぅと痺れて半ばうっとりしてきた意識の中で、時折刺激が走り抜ける。ただ身体の表面を撫でられているだけなのに気持ちよさに溺れてしまいそうで、ひたすら藤井くんの手と腕を握りしめていた。 「……っ」 骨張った大きな手が胸の膨らみを掬うようにして包み込む。ごつい手からは想像もできないような繊細さで、やんわりと揉み始めた。 「ん、……ふぅ、んっ」 身体の中心を走る刺激が、さっきから残っていた痺れに似たものを強く呼び起こす。熱い。 唇を離した藤井くんが感心したような声で言ってきた。 「お前、やわらかいな」 「えっ、やだっ…」 かぁっと頬に血が上る。いきなり何を言い出すんだ。感想なんか聞かせるな。文句の代わりに逃れようとしても、押さえつける手が許してくれない。 「やめない」 藤井くんはさらっと流して、すでに固くなってしまっていた胸の先を口に含んだ。 「や、…めっ……」 暖かく、ざらりとした感触が先端を包み込む。粘着に擦られて突かれて、息が大きく乱れた。 もう片方の胸を触っていた手は脇腹から腰、足にまで降りて、するりと太腿の内側を撫でる。思わず足を閉じようとしたけれど、間に藤井くんがいるからそれも叶わない。 ぎゅっと閉じた瞼の裏がちかちかする。 「っん、……あぁっ」 軽く吸われただけで背中がのけぞった。…私、やっぱり変だ。だって、いつもこんなんじゃない。頭を押しのけようとしても、胸を執拗に舐められて腕に力が入らなかった。 男の人なんだと思い知らされるようにして、ベッドに張り付けられて好きなようにされている。もう確認はしてくれないみたいだった。 私は、息の合間に声を押し出すのがやっとだ。 「ちょ、待っ……、なんか私、おかし、…っ」 「待てない」 「っ…!」 くぐもった声で、でもきっぱりと言うと、藤井くんは片手で私の腰を抱えて浮かせて短パンを剥ぎ取った。 両手を使って私の脚を開き、そこに指を這わせて妙に真面目に呟く。 「確かにおかしいな」 「や、…ぁっ」 焦らす動きで、溝をなぞられる。その刺激といやらしい感想から逃れようと、私は両手で顔を覆って身を捩った。羞恥に耐えられなくて、いやらしいのは自分の身体だと、頭の片隅で思わず自突っ込みを入れてしまったけど逆効果になるだけだった。 まるで自爆王だ。…恥ずかしくて、もっと濡れていく。 手をはがされ、もう一度ベッドに押さえつけられた。固く閉じた瞼の上に、一つキスが落とされる。次は額に。頬に、鼻に、唇に。 そのうちにまた片手がやわらかく振りほどかれ、藤井くんの手が再び潤ったところに入り込む。指先で、入り口付近をそうっと叩かれた。 「…っ」 跳ね上がる身体を抑えるために、藤井くんの手とシーツをきつく掴む。それでも抑えきれない。どんどん高められていく。 入り口をくるくると滑らかに撫でる指の先が、時折中に沈む。挑発するように浅い部分でやわらかく掻き回す。自然と腰が揺れてしまう。浅く入れられる指をもっと奥に迎え入れようと、締め付けてしまう。合わせるようにして、じわじわと深くまで入ってくる。 全身が熱くて、汗が滲む。 …誰だエロが足りないなんて言ったやつは。余裕で悪代官様だ。こっちは可憐な町娘とかお姫様とかじゃなくて悪かったけど。というより、そもそもお互いキャラが違ってきてない? どうでもいいことばかりが浮かんでは消えていく。やさしいくせにやけに意地悪くて、そのギャップがますます私を追い詰めていった。身体の芯が切なくて仕方がない。 息がうまくできなくて、ひどく苦しい。 「…もう十分待った」 耳元で囁かれながら甘く噛まれて、背筋がぞくりとする。 「で、でもっ」 懸命に言い返そうとして、余裕がないというよりは言葉が見つからなくて最後まで続かないことに気がついた。…なんだろう、これ。結局言い訳をしているだけのようなこれは。世界がゆらゆらと揺れるのを感じる。 「…っく、…ああぁっ」 ふいに、膨らんだそこを蜜を絡めた指で摘まれた。火花が散る。一際強い刺激に、身体がびくびくと小刻みに震えてしまった。 せっかく捉えかけた思考の糸を弾けた快感に流され見失ってしまいそうで、飛びそうになる意識を必死で引き止めていた。 「…?」 と、一度達したのを見届けるようにして気配が遠ざかる。私は荒い呼吸を繰り返しつつ姿勢を整えながら、薄く目を開けて藤井くんを見上げた。 藤井くんは身を引いて、身体を起こしていた。 迷った末に、藤井くん、と小さく呼んでみると、輪郭がぴくりと動いた。…気のせいかな。 ぼんやりとした暗橙の灯を背負って、その表情は陰に塗られていて読めない。もっと近づかないとわからない。逆に藤井くんからは、私のことは見えないわけじゃないどころかよく見えるんじゃないかということに急に気がついて、全身発火状態になる。 そして、勢いからかもしれないけど、だったらいっそもっと近づいてほしいとさえ思ってしまって自分で自分に戸惑った。 いや、だってその、近くの方が見える範囲が狭くなるわけだし。…いきなり離れられると心もとなさを感じて、今ある距離を埋めたくなってくる。 今、藤井くんはどんな表情をしているのだろう。 しばらく沈黙が続いたので、声が小さすぎて聞こえなかったのかなと思い再度呼んでみた。 「…藤井くん?」 「やっぱ無理。我慢できねぇよ」 そんな言葉が、どこが?と思えるような落ち着き払ったような抑揚のない声で返ってくる。サイドボードに腕を伸ばしてからごそごそとしているので、ゴムを着けているんだということがわかった。 |