荒々しい息づかいが部屋に響く。ぎしぎしと、狭いベッドが軋んだ音を立てる。 暗闇に浮かび上がる体。そこに絡みつく、日に灼けた肌。豆灯の暗い橙の明かり。さらさらの頭。ふと目を開くと、そんな光景が飛び込んできた。 いやらしい眺めだな、とぼんやりと思う。自分のことなのに。熱い。触れる吐息も抱きしめる腕も、身体の上を隈なく滑る手のひらも。自分の身体だってそうだろうけど、彼は普段は体温が低い方だから、余計に。 熱を伝染され、熱に呑み込まれていく。それなのに、身に走る感覚も確かなのに、出ている声も自分のものなのに、まるで遠くから眺めているような生々しい夢でも見ているような、そんな奇妙な浮遊感に包まれている。 熱に浮かされているのかもしれない。 時々あのゲームセンターに立ち寄り、太鼓やワニやモグラを一叩きするようになったのは、七、八ヶ月前からだったと思う。その時既に修一くんは常連だったみたいだけど、話すようになったのはもう少し後、半年ほど前のことだ。 それまでの数ヶ月間は、毎朝同じ電車の同じ乗り場から乗る人同士のように、顔だけ知っている、といった程度の紙より薄い関係だった。しかも話すきっかけが「ハンカチ落ちましたよ」という、笑ってしまうくらいペラペラな出会いだった。 それでも、当初はこんな関係になるとも思っていなかったけれど。そもそも最初は、正体の掴めないお兄ちゃんだな、という印象で警戒していたのだ。 物怖じも人見知りもしない、妙に自然体というか力の抜けた感じで、怪しくなさそうなところが逆に怪しいといったような。 そういえば、出会いもペラペラだったけど、こうなるきっかけもペラペラだったなぁ、と思い至った。 「いたっ」 胸の辺りに鋭い痛みを感じて、ぐいと引き戻されるかのようにして急にクリアになった。少し強く噛まれたらしい。 いつの間にか、咎めるような視線がこちらを向いている。 「何を考えてた?」 集中して、と不機嫌そうな呟きが聞こえた。最中はあまり喋らない彼の抗議に、どきりとして一瞬身が縮む。 …確かに失礼だったかもしれない。でも、問いに答えることはできなかった。 何も言わずに腕を伸ばし、彼の首に巻きつける。素直に引き寄せられた修一くんは、仕方がないなぁといった様子で耳元で息を吐いた。息はやっぱり熱かった。 私は、きゅ、と腕に力を入れる。 ――あなたのことだよ、なんて言えそうにもない。 誤解されそうだし、うまく説明できそうにもないし。 若干困って無言を続けていると、修一くんはもう一度溜息をつく。そして、やや性急な動作で唇を重ねてきた。 侵入してきた舌に躊躇いなく自分のを絡める。 吸いついたり擦り合わせたりしつつ、彼はもっと深く探ってくる。ちろちろと細かく震わせ、ざらりと大きく撫でるように蠢かせ、口の中まで簡単に支配していった。 その間にも彼の手は腰の線をたどって降りていき、太ももをさする。すぐに内側へ移動して、今度は奥へと上がってきた。 「…っ」 その動きを予測していたのに、びりりと駆け抜けた強い刺激に腰が跳ねた。 差し込まれた指が試すように軽く突起に触れ、ぬめりを広めるようにして撫で擦る。熱いものが、またとろりと溢れて足を伝った。 それを指ですくわれ、さらに塗りつけられる。我慢しきれなくて意思とは無関係に暴れる体は、彼の体重と片手で抑え込まれていた。 「…っん、あっ、……んんっ」 息継ぎさえ許されないほど激しく求められたまま、その動作が執拗に繰り返される。時折戯れるように爪の先で引っかかれる。 口の端から飲み下せない唾液が溢れるのがわかっても、どうしようもなかった。 ほとんど声が出せない分、行き場をなくした感覚がぐるぐると身体を駆け巡って蓄積されていく。既に抱きつくというよりは、しがみつくと言った方が正しいだろう。 自分がべとべとでとんでもない状態になっていて、汚い、なんて遠慮をしている場合ではない。彼の日向みたいな汗の匂いを感じて、熱く硬い昂ぶりを感じてくらくらするばかりでも、腕の力を緩めることはできなかった。 「…んっ……、うぅっ」 かたい指先が入口を何度も往復する。焦らすつもりなのか、中に入ってこようとはしない。自然と腰が浮いてしまう。いけそうでいけない、じれったい衝動に狂わされそうになる。 もうほしいのに。早く来てほしい。 そう訴えることも許されず、ただ眉にぎゅっと力を込める。瞼の裏に赤い火花が散る。 熱くて苦しくて、どうにかなってしまいそうだった。けれど、煽られ続ける快感が飽和して気が遠くなりかけた瞬間を計ったように、唐突に解放された。 「……っ、はぁっ、はぁ」 暗い橙の灯を見つめながら、口を大きく開いて酸素を取り入れる。ぱくぱくして魚みたい、みっともない、と思う自分がどこかにいるけれど、構ってられなかった。 今していること、感じていること、それ以外のことは跡形もなくどこかに吹き飛ばされてしまっていた。 いったん離れた修一くんが準備を済ませてきたのだというのは、見なくてもわかっていた。でも、その後の行動は予想外だった。 「きゃあっ」 戻ってきた彼にいきなり身体をひっくり返されて、情けない声が出る。何、と声をあげるよりも、彼の方が早かった。後ろから腰を抱え上げられる。 入れるよ、と呟く声が聞こえた。 「――あぁっ」 もうどろどろになっていた私の中に、修一くんはすっと入ってくる。ざわりと肌が粟立つ。 「熱いね」 湿った声で低く囁かれる。またしても、ぞわっとした戦慄に似たものが皮膚を走った。 恥も外見もなくほしかったくせに恥ずかしくて、私は手に当たった枕を抱き寄せた。 全部収めると、背後から硬い体が覆いかぶさってくる。バイトで鍛えられた彼の体は意外に締まって逞しい。汗でべたつく体。激しい心音。耳にかかる荒い息。火傷してしまいそうだ。 彼も興奮しているのだと知って、ますます興奮が高められる。 なのに、彼はそのまま動きを止めた。 密着した大きな身体に、入られたまま抑え込まれている。かろうじて身じろぎができるくらいの拘束は微妙すぎる。 どうして、と聞くのははしたないように思われて躊躇させられた。 汗が吹き出てくる。焙り出される欲望はどこまでも貪欲で、醜いくらいだと思う。ぎゅ、と枕を掴む指に力を入れた。さっきからこんなことばかりしている。 無言のまま行為を続ける修一くん。止められてるけど、続けられている。攻められている。 「あ…っ」 動きを封じたまま、浮かんだ汗を舐めとるようにして、彼の舌がじっくりと背中を肩をたどり始めた。顔にはかっと血が上ったのに、唾液に濡れた肌は空気にさらされて、表面だけ一瞬ひんやりと温度が下がったような気がする。混乱して、身をすくませた。彼の動きに伴い空気が揺れて、風のように感じる。 その僅かな刺激にさえ反応してしまいそうになって、目を閉じて唇を噛み締める。…何を考えているんだろう。今の私はべたべたとして本当に汚いからやめてほしいんだけど、もちろん逃れるなんて不可能だった。 限界はすぐにやってきて、再び身体が震え始める。小刻みに震える指先でいくら枕にしがみついても、やりすごすことなんてできない。 ……耐えられない。 枕に顔を埋め、私は許される限りで彼に押しつけるようにしてお尻を振った。 ふ、と笑う気配を感じて耳まで真っ赤になる。後で覚えてろよ、とか柄も悪く息巻いたって、今何かできるわけではない。 今の顔を見られないなら後ろ向きでよかったのかもしれない、と混乱したことを思ったとき、またしても唐突に彼が動き出した。 「ぁ、…――っ!」 これまでの沈黙を粉々に砕くような勢いで、強く突き上げられる。高められながら焦らされ続けた私は耐えられなくて、それだけで達してしまった。 全身の強張りが解けて、溜めていた息を吐き出すまでの数瞬間だけ待ってくれてから、修一くんは腰の動きを再開させる。私は顔を枕に押し当てたまま、ただ受け入れるしかなかった。 「っ……、はっ、…うぅっ」 喘ぎ声が枕に吸収されてくぐもった。肌のぶつかる音とベッドの軋む音とが競うようにして部屋に反響する。それと、耳を覆いたくなるような粘着質な音と。 腰を捉えていた手が胸に回って揉みしだき、先端を引っかくようにして弾く。背中が反り返ったところでもう片方の手が下へと這っていき、やわらかく突起を摘む。今度はびくり、と背中が丸くなる。 火照った身体と身体の間に篭る湿気。どちらのものかわからない汗が伝ってシーツに染み込む。 心臓が破れてしまいそう。息が苦しくて、いつしか枕から顔を上げていた。 「あ、あ、……やあぁっ!」 いいように弄ばれて、何度達したかわからない。彼の表情も、最初からほとんど確かめることができずにいた。もう、何がなんだかわからない。 ただひたすらに、どこか深いところへと抗えない力に引きずり込まれていく。朦朧とし始めた頃、ふいにトーンの違う声が耳に届いた。 「…今日来た時さ」 え、と言おうとしたのに、口からはかすれた音しか出てこなかった。修一くんはそれきり口を閉ざしてしまったので、唾を溜めてわずかに湿した喉から再度声を押し出そうとする。 けれど、その瞬間彼の動きが上下に変化して、悲鳴みたいな泣き声に変わってしまった。 「…やっ、いやっ、あぁっ」 激しく揺さぶられて、文字通り頭の中が真っ白になる。 その後彼が果てるまでに何度か名前を呼ばれたような気がしたけど、実際どうだったのか確かめる術はなかった。 |